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zoom RSS 『列車に乗った男』を観て「熟女」について考える

<<   作成日時 : 2004/06/06 04:53   >>

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なぜそんなことを考えたかというと、字幕に「熟女」と出たのに強い違和感を覚えたからである。どういう場面でこの言葉が出たのかははっきり憶えていないのだが、主役の二人の会話の中で、女の好みについて年老いた男(ジャン・ロシュフォール)が「若い女より『熟女』のほうがいい」みたいな風に言ったんだと思う。
字幕を担当した人が「熟女」という言葉を使った理由は、おそらく「年増」(この言葉も出てくる。「熟女」と「年増」は仏語では別の言葉なんだろうか?)だとネガティブなイメージを感じさせるからか、「年のいった女」だと字数が増えてしまうからだろうが、この言葉は年老いた男のキャラクターや作品の持つ品性に明らかにそぐわない。
元々「熟女」って「熟年」に対抗して出てきたんだよね。「熟年」は80年代の中頃に森繁久彌が「老人」と呼ばれるのがイヤで、ワインのように熟成した人間(高齢者)という意味で名付けたと記憶してるけど、「熟女」のほうは内面よりは外見が熟れ熟れの(中年)女性という意味で、多分にエロを含んでいて上品とは言い難い言葉である。世間が最初に認知した熟女が山田五十鈴でも八千草薫でもなければ、北林谷栄でも菅井きんでもなく五月みどりであるという点からもそれは間違いない。そして「熟女」はその後、下に「ヌード」や「AV」や「ソープ」や「ヘルス」が付くのが当たり前になってますますエロく下品になって今日に至っている。さらに最近では「熟女」の低年齢化(言いかた変か?)が進み、30過ぎればもう「熟女」である。
ストーリーに係わるようなことではないし、大概の人は気にも留めないのは分かってるけど、やっぱりこの映画に「熟女」は合わないと思う。

映画は素晴らしかった。
なんでもなさそうな会話や仕草から二人の男が歩んできた対照的な人生が浮かび上がる。
たとえ自分にとって不本意な人生だったとしても、それが他者を魅了するものであれば悪くはないし間違ってもいない、そんな感じが静謐さの中に温かく伝わってくる。
原題『列車の男』を『列車に乗った男』としたのもセンスがいい。映画のラストでこの邦題が生きてくる。
☆☆☆☆★

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
キルゴアさん、素敵なサイトですね!
夏までとは言わず、マイペースで頑張ってください。
私も『列車に乗った男』、気になってたんですよ。何よりも
パトリイス・ルコントとJ・ロシュフォールの久々のコンビ作なので
ドキドキしてます。作品も良かったみたいなので楽しみ。
これを見る時は「熟女」ということばにも注目してみます。
(確かに「熟女」で思い浮かぶのは五月みどうとかの
お色気」系ですよね)
祥子
2004/06/09 03:41
なんかすごく久しぶりな感じですね。最近は体調のほうはどうですか?『列車に乗った男』を観るのなら、「熟女」のことなんぞ気にしないほうがいいですよ。いい映画台無しになるから。
キルゴア二等兵
2004/06/09 22:00

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