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zoom RSS 『デイ・アフター・トゥモロー』

<<   作成日時 : 2004/07/10 21:25   >>

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世間からは、作る映画作る映画すべてが「大味」の一言で片付けられてしまってるようなローランド・エメリッヒだが、どの作品も前半部に関してはひとつひとつのエピソードもしっかりしているし、リアリティを持たせるための科学的根拠の提示にはハードSFの雰囲気も漂う。ところが物語の全貌が露わになった途端に単純かつド派手になり、これまでコツコツと積み重ねてきたものを問答無用でブチ壊す。小松左京がジョン・ギラーミンになるようなものである。

この作品では、気象学者の父親が息子を助けに行こうとするあたりでギラーミン化。途中で仲間ひとりが犬死するものの、観る側には外に出ただけでヤバイような印象を与えていた割には、クルマは動くしテントひとつで冷気もかなり防げてしまう。まあ、このあたりのご都合主義は百歩譲って目をつぶるにしても、父親が(たった)一日(だよね?)かけて息子のいるニューヨークに着いたときには、それまでの嵐と寒波がウソのように空が晴れ渡ってるってのはちょっとどうかと思うよ。ここまで劇的に天候が回復するなら、気象衛星からのデータとかである程度予想できるでしょ。この父親、体力はあるけど気象予報能力なさすぎ。石原良純ですか?

ハリウッド映画であるから、当然ラストは父親が息子の避難している図書館を探し出して無事再会となるわけだが、しかしそれは「助けに行く」ではなく「迎えに行く」だ。

猛烈な冷気を視覚化するのが困難なのはわかるが、時速30キロぐらいで人食いアメーバのように人間を追っかけまわすのにはさすがに笑ってしまった。
☆☆☆

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