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zoom RSS 真実一路の道なれど 、ままよ人生、銭ズラよ

<<   作成日時 : 2005/12/03 01:05   >>

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タイトルは『銭ゲバ』の挿入歌の一節。
最初からだとこんな感じ。

地獄極楽、ど畜生
南無阿弥陀仏の人生さ
真実一路の道なれど
ままよ人生、銭ズラよ

ついでだから2番も。

泥にまみれた、どろんこ命
生まれて来なきゃよかったが
真実一路の道なれど
ままよ人生、銭ズラよ

4番まであるけど、とりあえずここまで。

てことで、行ってきました、浅草東宝オールナイト・11・26和田嘉訓特集。
上映されたのは、
『自動車泥棒』
『銭ゲバ』
『ドリフターズですよ! 前進前進また前進』
『ザ・タイガース 世界はボクらを待っている』
前2本は既に観ているし、後2本にはあまり食指が動かない。完全に監督のトークショー目当て。
司会の方(毎回ド下手で見ていてハラハラする)も前説で言っていたんだけど、和田嘉訓というのは謎の監督である。
8年間の監督生活で8本の作品(最後の1本はオクラ入り)を残し、以後、30年以上を経た現在に至るまで、おそらくインタビュー、舞台挨拶等も含めて映画業界に姿を現しておらず、その活動はおろか生死さえ不明、司会者の「アラン・スミシーみたいに実在しないのかと思ったりもした」は言い過ぎとしても、「幻の映画監督」なのは間違いない。
その「幻」ぶりは、10年ぐらい前に、有名人の消息がわからず長く会っていない友人、知人、肉親、恩人などを探し出すテレビの特番があって、その中で安岡力也が捜索依頼をしたのが、和田監督ということからもわかろうというもの。

そして、ついに幻の映画監督が我々の前に姿を現した!
今明かされる衝撃の事実、知られざるエピソードの数々!!
驚天動地の浅草東宝(観客40人)!!!

ってのは大袈裟だけど、いろいろと面白い話は聞くことができた。
まず経歴だが、東大を卒業し東宝に入社し助監督となる。そして5年後、弱冠28歳で監督に昇進。この時代としては、須川栄三、恩地日出夫と並ぶ早いデビューだそうだ。これは多分、森谷司郎、西村潔、山本迪夫あたりを追い抜いてのデビューのはず。
しかし、そのデビュー作『自動車泥棒』は大ゴケ。監督本人は、公開が東京オリンピックの開催時期と重なったことと、スターが出ていないのが原因と言っていたが、後者に関しては、スターどころか知名度のある役者さえ殆ど出ない。おそらく出演者で当時、一番(というか唯一)有名だったのは、屋台のオヤジ役でゲスト的にワンシーン登場する上田吉二郎だろう。さらに、コケた理由は作品の出来にもあると思う。メリハリがなく、コミカルな場面も激しい場面もみんな同じ調子。おまけにちょっと観念的だし。
このデビュー作の興行的失敗により、和田監督は3年ほどホサれてしまうわけだが、その間に新宿の飲み屋(ゴールデン街?)などで、大島渚、若松孝二、足立正生(監督は「ショウセイ」と言ってた)らと知己を得たそうである。『銭ゲバ』に出演した唐十郎、緑魔子、横山リエと知り合ったのもこの頃かも知れない。この出会いをデビュー作や最後の2本(オクラの『脱出』は当然未見でプレス等に書かれたあらすじでしか判断できないが)の東宝らしからぬ内容(スタッフやキャストも含めて)と併せて考えると、当時の和田監督は反体制的あるいは反骨心旺盛な人だったのかも。
ところで、これはまったくの推測なのだが、若松孝二がデビューした60年代の半ばはピンク映画の創成期にあたり、人材不足のためテレビや一般映画の監督、カメラマン、脚本家等が、使い捨ての変名を用いてバイト感覚でピンク映画の現場に参加していたと言う話を何かで読んだことがある。和田監督も(社員監督なので生活に窮することはないだろうが)3年間仕事らしい仕事をしていないとなると、ひょっとしたらそういう中のひとりだったんじゃないだろうか?可能性としては極めて低いが。
話を戻すと、その後、クレイジー映画の応援監督の仕事が認められ、渡辺プロの社長にも気に入られた和田監督は、ドリフやスパイダーズものをヒットさせたものの、『銭ゲバ』で再び会社の不評を買い、今度は2年ホサれてしまう。
そして、最後の作品『脱出』となるのだが、ちょうど作品がクランクアップしたころに、一連の連合赤軍による事件が起こり、作品に事件と似た部分があるという理由でオクラ入りになる。これも推測なのだが、ピート・マック・ジュニア(本業は歌手で『ルパン三世』の主題歌の人)、フラワー・メグ、荒木一郎というキャストも商売にならない上、東宝的ではないと判断されたのでは。
このオクラ入りに失望し、あっさりと映画界に見切りをつけた和田監督は、その後ソニーに入社。映像部門でPR映画などを手がけ、定年まで勤め上げたとのことである。
もし『脱出』が公開されていれば・・・、というのは今さら言ってもしょうがないことなのだろうし、『銭ゲバ』一本だけで過大な評価をするつもりもないが、監督としてはまだまだ若手と言っていい37歳での引退はあまりに早すぎたと思う。

備考・監督の名前の「嘉訓」は「よしのり」と読むそうだ。ずっと「よしくに」だと思ってた。

『自動車泥棒』☆☆★
『銭ゲバ』☆☆☆☆
『ドリフターズですよ! 前進前進また前進』☆☆★
『ザ・タイガース 世界はボクらを待っている』☆☆

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちわ。以前m@sterさんのところで何度かお世話になっています。先週は40人でしたか?最近では最低数ですね。フラワー・メグはよく調べてみると、結構多くの映画にでているかもしれません。11月の西村潔作品でも出ていました(映画のタイトルは忘れてしまいましたが・・・)。浅草東宝もあとわずかですね。私のところでリンク貼らせてもらってもかまいませんか?気が向いたら、私のところにも書き込みしてください(笑)。これからも楽しく拝見させてもらいます。
海山千吉
URL
2005/12/03 10:53
追伸。古い話題ですが、荒井晴彦特集で来場した仁科亜季子は本当に綺麗でした。黒いドレス(ワンピース)?がとても似合っていて、年齢も全く感じさせず、凄いオーラを放っていました。最近テレビでよく見かける娘さんもなかなか綺麗ですが、あの年齢でその娘さんに見劣りしないほど、今でも美しかったです。
海山千吉
URL
2005/12/03 11:00
どうも、こんにちは。
浅草東宝掲示板はいつも拝見しています。今回の文章を書くにあたっても、自分の記憶を確認するために役立たせていただきました。
「40人」は目見当ですが、確かに最近では一番少なかったですね。
前にも書きましたが、荒井晴彦特集は当日まで行くつもりだったけど、天気が悪かったんで断念したんですよ。
リンクは大歓迎です。よろしくお願いします。
キルゴア二等兵
2005/12/03 13:02
早速リンクさせていただきました。紹介文等、何か不都合がありましたら、ご遠慮なくおっしゃってください。訂正させていただきます。これからもよろしくお願いします。
海山千吉
2005/12/04 15:40

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